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恋愛就活 第4回

※普段の生活・価値観から遠いものとしてとらえがちな「就職・就活」を、身近な事象である「恋愛」に見立てて考えよう(本気で)という本を数年前から企画中です。その「面接の考え方」という章を、今日から数回に分けて掲載していきます

冒頭からわかりやすいたとえですが、「面接」は「デート」です。つきあう前に数回重ねる、淡い感じの、手探りな感じのデートです。そして、デートと同じく、ついいろいろ気を遣うのですが、デートといっしょで、そういう努力は大抵無駄です。
面接で何を話せばいいかわからない。そう思ったら、デートに当てはめて考えてみるとわりとクリアーです。そう、「なんでもいい」です。面接でどのようにふるまえばいいかわからなくなった。デートに当てはめて考えてみるとかなりクリアーです。そう、「好きなようにしたほうがいいし、相手に合わせるとロクなことはない」です。楽しいデートは何を話しても楽しいし、つまんないデートは何を言ってもすべります。そういうものです。
気合いの入りまくったデートは、まず引かれるうえに、失敗しがちです。気乗りしないデートでも、うっかり盛り上がっちゃたりすると、相手のことがよく思えてきます。そういうものです。
ああしよう、こうしようと考えるのは楽しいですが、あまり大勢に影響がない、このことをまず、あきらめてください。
さて、一応、つきあいたいかもしれないないなと思って赴くデートですが、その時、相手(面接官)があなたをどの部分を判断しようとしているかは知りたいところです。ですが、それは、あなたが普段のデートで相手のどこを見てどう判断しているかといっしょです。おそらく、「(とても広い意味で、外面、内面トータルで)いい感じの人かどうか」(つまり、こいつが会社の部下だったとして、楽しくやっていけるかどうか、有能かどうか)であり、次に「(いい人ではあるけれど)おれ(わたし)と相性合うだろうか」(うちの会社に合うかどうか)です。この2点に集約されるはずです。これだけです。ほかの事(どんな服装、どこへつれていく、ご飯はなにを、映画が面白いかどうか、晴れてるか曇ってるか)はどうでもいいのです、たぶん(すみません、恋愛に「絶対」はないのです)。

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就活は受験ではない。

今から思えば大学受験は、努力してがんばればそれなりに結果が伴う、考えられないほどに確かで幸せな世界でした。
志望校選択、科目ごとの点数の取り方、出願の戦略、出題傾向と、受験産業による手厚いフォローもありました。受験生は、親が指し示した方針のもと、受験産業が作り上げたシステムに乗っかって、要領よく、辛抱強く、勉強をこなせば、それでよかったのです。

そして、その成功体験の度合いが大きければ大きいほど、偏差値の高い大学の学生であればあるほど、就職活動においても、再びそのセオリーに乗っかれることを期待します。今回も、周囲の立てた戦略通りに努力してがんばれば、適切な結果がついてくるはずだからです。

私の担当する学生の皆さんには、「就活は受験では?」というかすかな期待を早い段階で諦めてもらいます。受験の意識で就活に臨むと、ろくなことはないからです。

仮にも、企業が大枚をはたいて新戦力を採用する場です。
若者が一生(のものとなるかもしれない)の仕事を選択する場です。
決め手となるのは学力ではありません。
優劣はなく、あるのは、相性と雰囲気と人間性と運と気分です。
大学受験などと同じであるはずがないし、そんなことを言ったら、就職・企業・就職活動そのものにたいして失礼だとすら思います。

みんなが行くから大学に行く、親が希望するからこの大学に行く、その大学への入り方は河合塾や駿台予備校が教えてくれる。もう、そういうのはよしませんか?
そんなシステムに乗っかった面接技法を評価して内定を出すような企業は、危うくてしかたがないと思いませんか?

がんばるのは大事です。不安ですし、努力もしましょう。
ですが、その努力は、自分と仕事と人生との関係をきちんと見つめ直す方向に向けられるべきでしょう。

きょうび、そのためにはまず、巷にあふれすぎている情報や周囲の雑音から自由にならなければなりません。以前よりもひと手間増えているわけです。難儀な時代です。

就活は受験ではありません。ましてや情報戦なわけがありません。
就活産業の使い方には、細心の注意を払いましょう。

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